具体と抽象 〜世界が変わって見える知性の仕組み〜

 人間の知性のほとんどは抽象化によって成立する。しかし、具体性が重視される「わかりやすさの時代」にはそれが退化する危険性がある。本書では、抽象化思考の重要性を再認識する。

抽象化なくして生きられない

具体

「わかりやすい」善。一つ一つの個別事象に対応。

抽象

「わかりにくい」悪。一つ一つを共通の特徴で一つにまとめて一般化。

 人間が頭を使って考える行為は、ほとんどが何らかの形で「具体と抽象の往復」をしていることになる。

言葉

 魚:鮪(まぐろ)、鮭、鰹(かつお)、鯵(あじ)まとめて「魚」と呼ぶ。
 抽象化とは、「枝葉を切り捨てて幹を見ること」「特徴を抽出する」

抽象化の特徴「法則」と「パターン認識」

法則

 多数のものに一律の公式を適用し、圧倒的に効率的に考えることを可能にする。

パターン認識

 複数の事象の間に法則を見つける。

たとえ話

 説明したい新しい概念や事例を、身近な事例で似ているものを使って説明すること。
 たとえ話が上手いとは、「具体→抽象→具体という往復運動による翻訳」に長けていること。
 1 ) たとえの対象が誰にでもわかりやすい身近で具体的なテーマ
 2 ) 説明しようとしている対象とテーマとの共通点が抽象化され、過不足なく表現されている。
 3 ) 二つの領域の相違点が、説明したいポイントとは関係ないものであること。
 「共通点と相違点」を適切につかんでいることが抽象化、たとえ話の出来栄えを決定する。

具体と抽象は相対的

 「食べ物」⇔「和食」⇔「天ぷら」⇔「イカの天ぷら」
 Aさんが具体的と考えていることが、Bさんににとって具体的とは限らない。逆も真なり。

議論がかみ合わないのはなぜか

 「顧客の意見からは良いものはできない」⇔「顧客の声が新製品開発の出発点である」
 「リーダーは、言うことがブレてはいけない」⇔「リーダーは臨機応変に対応すべし」
 「長年の伝統は守るべし」⇔「変化しないものは生き残れない」
 抽象度のレベルが合っていない状態で議論している(ことに両者が気づいていない)ために、かみ合わない議論が後を絶たない。
 一見、反対と思われる意見の対立は、「違うところを見ていただけ」である可能性も高い。
 ・不連続な変革期:抽象度の高いレベルの議論が求めれれる。
   革新的なものを作るなら「多数の意見を聞く」ことは適さない。
 ・連続的な安定期:具体性の高い議論が必要になる。
   「今あるものを改善する」なら、多くの人から多数の意見を吸い上げることが必要。

「上流」と「下流」価値観の違い

 仕事は、「抽象から具体」の変換作業であるといえる。上流の仕事(抽象レベル)の仕事から下流の仕事(具体レベル)へ移行していくに伴い、必要な観点は変わっていく。

上流の仕事

 コンセプトを決めたり、全体の構成を決めたりする抽象度の高い内容。
 重要なのは個人の創造性。
 抽象度の高い上流の仕事に「コラボレーション」はなじまない。
 むしろ、関わる人数が増えれば増えるほど品質は下がり、凡庸になっていく。

下流の仕事

 個別の専門分野に特化して深い知識を活用する能力が求められていく。
 必要なのは、多数の人数が組織的に働くための効率性や秩序。

量と質

  基本的に具体の世界は「量」重視、抽象の世界は「質」重視。
  「複雑で分厚い本」:具体の世界 ⇄ 「シンプルで研ぎすまされた一枚の図」:抽象の世界

二項対立について

  「必然か偶然か」「一般か特殊か」「単純か複雑か」「革新か保守か」「具体か抽象か」
  具体レベルでのみ見ると、二者択一になってしまう。
  抽象レベルで二項対立を見るとそこに「考えるための方向性や視点」が出てくる。

アナロジー

  アナロジー(類推):異なる世界と世界の間に類似点を見つけ理解したり、新しいアイディアを発想したりするための思考法。
  アナロジーは「抽象レベルのまね」で、「具体レベルのまね」は単なるパクリ。
  特許で守れるのは、抽象度の低い、直接的に類似性のあるもののみ。

かいつまんで話すとは

 抽象化して話せる人は、「要するに何なのか?」をまとめて話すことができる。膨大な情報を目にしても、常にそれらの個別事象の間から「構造」を抽出し、何らかの「メッセージ」を読み取ろうとする。
 重要なことは、膨大な情報を目の前にしたとき、その内容をさまざまな抽象レベルで理解しておくこと。
 場面場面での目的に応じて、「幹」と「枝葉」を見分けることで、要点をつかんで効率的に情報処理をする。そして、必要に応じて具体レベルにまで降りていく。

バイアス

 一度固定化された抽象度の高い知識(ルールや法則)は固定観念となって人の前に立ちはだかり、むしろそれに合わない現実の方が間違いで、後付けだったはずの理論やルールに現実を合わせようとする。
 意味のないランダムなものにも「パターン」や「関連性」を見つけようとするバイアスがかかってしまう。
 「数値目標」という具体的な情報にこだわると、「目的」や「意図」という、より抽象度の高い背景情報を見失ってしまう。

実行に必要なのは何か?

 具体と抽象のいずれか一方だけでは不完全で、「具体と抽象の往復」が必要になる。
 具体と抽象はセットで全体を見て、連携させた上で計画と実行のバランスをとることが重要。

具体的な目標

 すぐに行動可能なもの。
 解釈の自由度は小さく、ある意味「逃げ場がない」
 確実な実行を狙うなら、極力具体的でなければならない。

抽象的な目標

 長期的で壮大だが、実行イメージからは遠くなるもの。
 達成したかどうかの判断が難しい。

わけのわからないことを言っている?

 周囲に「わけのわからないことを言っている」と感じる人がいたら、「もしかしたら、私に見えていない抽象概念の話をしているのではないか」「表面上ではなく、本質的なことを語っているのではないか」と考えてみる。

「見えている」側に立ったとき、「見えていない相手」にどのように対処すべきか?

 なじみのない人たちの未熟さを目の当たりにすることがある。
 状況と相手に応じてちょうど良い抽象度でコミュニケーションすることが重要。
 具体的すぎてわかりにくいこともある。
 一見異なる事象に「共通点はないか」と考えてみて、「要するに何が大事なのか」という本質レベルで共通点や相違点に目を向けることが重要。

著者

細谷功(ほそや・いさお)

著述家、ビジネスコンサルタント。神奈川県に生まれる。東芝を経てビジネスコンサルティングの世界へ。外資系/日系コンサルティング会社を経て独立。執筆活動のほか、問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の大学や企業などに対して実施している。著書に、『地頭力を鍛える』『13歳から鍛える具体と抽象』(以上、東洋経済新報社)、『メタ思考トレーニング』(PHPビジネス新書)、『やわらかい頭の作り方』(ちくま文庫)、『フローとストック』(KADOKAWA)、『具体と抽象』『「無理」の構造』『自己矛盾劇場』(以上、dZERO)などがある。

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